演目紹介
黒塚(くろづか)
熊野、那智山の東光坊の高僧、阿闍梨祐慶大法印(あじゃりゆうけいだいほうじん)が剛力と修行の旅の途中、那須野ヶ原を通りかかり、九尾の悪狐が人々に害を与えていると聞き、人々のためにこの悪狐を退治しようと出かける。
そこで一夜の宿を借りるが、宿の女主人=悪狐に化かされ法印は逃げ去り、剛力は食われてしまう。
それを知った弓の名人三浦介、上総介により悪狐は退治される。

天神(てんじん)
「東風(こち)吹かば匂いおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ」
北野天満宮・太宰府天満宮に祀られる学問の神、菅原道真公(天神様)の物語の神楽である。
道真は生まれながらにして才覚に優れ、光孝・宇多・醍醐と三代の帝に仕え、右大臣にまで登用されるが、道真をねたむ時の左大臣藤原時平の悪口雑言により、大宰府へと左遷される。その後、時平が早死にするなど、藤原一族に災難がふりかかる。これは、いわれなき左遷をされた道真の祟りであると恐れられた。以後、朝廷の取りはからいなどにより、道真が奉られることとなり、全国に「天神様」として崇められる天神信仰が広まった。

頼 政(よりまさ)
平安時代の末、幼くして即位された近衛(このえ)天皇のころ、天皇は毎夜丑(うし)の刻になると、もののけに悩まされた。勅命を受けた弓の名人源頼政は一族の猪早太(いのはやた)とともに東三条の森へもののけ退治へ向かう。やがて、夜がふけ月夜を怪しい黒雲が覆った。もののけの気配を感じた頼政が八幡(はちまん)大菩薩と念じ弓を放つ。確かな手ごたえがあり、すかさず早太がとどめをさした。雲が晴れ月明かりに照らされた、そのもののけの姿は、頭は猿、体は牛、手足は虎、尾は蛇の姿をした怪物だった。また、その鳴き声は鵺(ぬえ)に似ていたという。見事怪物を退治した頼政は、天皇より左大臣藤原頼長を介して、剣を授けられる。平家物語、源三位(げんざんみ)頼政の鵺退治伝説を神楽化したものである。

塵 輪(じんりん)
第14代天皇、帯中津日子命(たらしなかつひこのみこと)「仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)」が、異国より日本を我が物にせんと攻め来た数万騎の軍勢の頭、塵輪を天皇自ら家来の高麻呂(たかまろ)を従え、天の鹿兒弓(あめのかごゆみ)、天の羽々矢(あまのはばや)を以って退治したという神楽である。この塵輪は身に翼を背負い、色は赤く黒雲に乗って天地を自在に飛び回る大鬼だったという。
石見神楽の能舞の中では、「八幡(はちまん)」と並び基本の鬼舞とされ、悪い鬼が退治される善悪の明快な演目である。
4人の激しい激闘はもちろんのこと、ゆったりとした天皇主従の神舞、天皇と別れ天空の鬼を探す高麻呂の舞、俊敏な白鬼、重厚な赤鬼の舞など見所が多い、石見神楽の中でも定番の演目である。

五條橋(ごじょうばし)
出典は義経記で、牛若丸(源義経)と武蔵坊弁慶の五條橋での出会いを神楽化したもの。
比叡山西塔(さいとう)の弁慶は、毎夜、京の都に出ては刀狩をしていた。今日で満願という日、五條橋に化鳥(けちょう)の者が出没し通行人を悩ませているという噂を耳にした弁慶は、五條天神への参詣の道すがらこの化鳥の者を退治してやろうと思い立ち、五條橋へと赴(おもむ)いた。この化鳥の者の正体は、鞍馬の山を下り自分の力を試す牛若丸だった。出会うべくして出会った二人は、五條橋の上で一戦交え遂に弁慶は長刀(なぎなた)を打ち落とされ降参する。
そして永遠に主従の誓いを交わしたのであった。

貴 船(きふね)
男を放すまいとする女ごころ、女から逃れようとする男ごころ。いつの世にもそこには悲劇が生まれる。自らの想いが届かないと知ったとき、女は復讐の鬼へと姿を変えた。
京都は下京あたりに暮らす夫婦、あるとき夫は妻に別れを告げる。思い悩んだ妻は、夫の裏切りを知り無念の思いを貴船の明神に告げに丑の刻参りをする。そして三十七日目に神託を授かり鉄輪着(かなわぎ)の鬼女と化していった。時を同じく夫は毎晩霊夢に悩まされ藁(わら)をもすがる思いで、陰陽師安倍清明(おんみょうじあべのせいめい)のもとを訪れ祈祷してもらうと、この禍は別れを告げた妻によるものであること、そして、夫の命は今夜にも果ててしまうかも知れないという恐ろしいものだった。夫は清明に頼み込み、鬼と化した妻から我が身を加護してもらうことになる。結果、鬼と化した妻は清明の力によって昇天させられる。
果たして、復讐の鬼と化した妻が真の鬼なのか、それとも・・・。

恵比須(えびす)
島根県美保関(みほのせき)町、美保(みほ)神社のご祭神で漁業、商業の祖神として崇拝される八重(やえ)事代主命(恵比須の大神)が、美保の岬において鯛釣りを楽しむ様を舞ったものである。
事代主命は、出雲大社のご祭神、大国主命(おおくにぬしのみこと)の第一の皇子で、大変釣りの好きな神様であったといわれている。
恵比須の鯛釣りの場面のみの舞が舞われることが多いが、本来は、旅人が、美保神社を参詣し、宮人が神社の祭神の縁起を語り聞かせ、そのご神徳を述べる部分が前段にあり、福神として崇められる故を物語る風流な神楽です。

大 蛇(おろち)
自らの悪行により高天原(たかまがはら)を追われた須佐之男命(すさのおのみこと)が、出雲の国斐の川(ひのかわ)にさしかかると、老夫婦に出会う。夫婦には八人の娘がいたが、毎年現れる大蛇に娘をとられ、残る稲田姫(いなだひめ)もやがて大蛇にとられる運命にあるという。命は、老夫婦に毒酒を用意させ、それを飲み酔い臥した大蛇を見事退治する。このとき大蛇の尾から出た剣を天村雲剣(あめのむらくものつるぎ)と名づけ、天照大御神(あまてらすおおみかみ)に献上し自らの悪行を改める。剣は後に日本武尊(やまとたけるのみこと)により草薙剣(くさなぎのつるぎ)と改名、三種の神器の一つとして熱田神宮に祀られる。
島根が舞台の神話で、石見神楽の代名詞とも言うべき神楽。そのスケール感は他に類を見ず、浜田での提灯蛇胴の開発により神楽界に一大革命を起こし、日本を代表する伝統芸能として、世界に招聘される。