演目紹介
五條橋(ごじょうばし)
出典は義経記で、牛若丸(源義経)と武蔵坊弁慶の五條橋での出会いを神楽化したもの。
比叡山西塔(さいとう)の弁慶は、毎夜、京の都に出ては刀狩をしていた。今日で満願という日、五條橋に化鳥(けちょう)の者が出没し通行人を悩ませているという噂を耳にした弁慶は、五條天神への参詣の道すがらこの化鳥の者を退治してやろうと思い立ち、五條橋へと赴(おもむ)いた。この化鳥の者の正体は、鞍馬の山を下り自分の力を試す牛若丸だった。出会うべくして出会った二人は、五條橋の上で一戦交え遂に弁慶は長刀(なぎなた)を打ち落とされ降参する。
そして永遠に主従の誓いを交わしたのであった。

恵比須(えびす)
島根県美保関(みほのせき)町、美保(みほ)神社のご祭神で漁業、商業の祖神として崇拝される八重(やえ)事代主命(恵比須の大神)が、美保の岬において鯛釣りを楽しむ様を舞ったものである。
事代主命は、出雲大社のご祭神、大国主命(おおくにぬしのみこと)の第一の皇子で、大変釣りの好きな神様であったといわれている。
恵比須の鯛釣りの場面のみの舞が舞われることが多いが、本来は、旅人が、美保神社を参詣し、宮人が神社の祭神の縁起を語り聞かせ、そのご神徳を述べる部分が前段にあり、福神として崇められる故を物語る風流な神楽です。

五 神(ごじん)
国常立王(こくしょうりゅうおう)の子である春夏秋冬・東西南北を司る四神の間に、それを不満とする国常立王の末子である植安大王(はにやすだいおう)の使いが現れ、四神と問答を交わす。所領を受け渡さない四神に対して植安大王は怒り一大決戦となるが、決戦の真っ只中に式部の老人が現れ戦いを鎮め、植安大王には中央を治めさせ、所領を均等に5 分割する。
夜明け舞の一番最後、大蛇の後に奉納される舞で「五郎の王子」ともいう。農民の知識、哲学、倫理観、天文、暦数の説明、陰陽五行説からくる、世界観、倫理道徳の教訓、神道、儒教、仏教の哲理までが混然として交じり、よく整理されたもので石見神楽の中の最大の長編演目である。

道返し(ちがえし)
常陸の国、鹿島神宮(茨城県鹿島町)の祭神である武甕槌命(たけみかづちのみこと)が、世界各地を荒し廻った大悪鬼を降伏させる神楽。神と鬼が幕を挟んでの言葉の戦いで始まり立会いとなるが、激闘の末に鬼は敗れて降参する。
鬼は人を食い物とするのをやめ、九州高千穂へと赴き稲作に従事することとなる。
石見神楽では珍しく鬼が降参し、許されるという形で終わるこの演目は、鬼を殺さずに道の途中から返すので道返しという。鬼が舞台の外側から登場する場合もあり、幕内の鬼と神との幕を挟んでの掛け合いが特徴的な神楽である。

日本武尊(やまとたけるのみこと)
日本武尊の東夷征伐の神楽。九州の豪族熊襲を平らげた日本武尊は、父、景行天皇に報告するが、次は東の国を平定するよう命ぜられ、すぐに東国へ出発する。途中で伊勢の宮に参拝し、叔母君大和姫に会い天の村雲の宝剣を授かることとなる。
駿河の国にすむ兄ぎし、弟ぎしたちは、天皇の命令に従わないので征伐されると聞き兄弟を呼び集めるが、日本武尊を討つ方法を思いつかないため賊首に教えを請い、「この野には、人々に害を与える大鹿がいる。」と大鹿退治を頼み、尊をあざむく。
尊が大野に入ったところを、八方より火をつけ焼き殺そうとするが、尊の宝剣が自然と抜け出て、草をなぎ払い守袋の中の火打ち石で迎え火をつけて難をのがれ、兄弟たちは退治されてしまう。この時、尊は「天の村雲の宝剣」の名を「草薙の剣」と改称した。

八 衢(やちまた)
天孫降臨の神話を神楽化したもので、八衢とは天上での天降りの途中で、道が多方面に分かれた所を指している。天孫邇々芸命(てんそんににぎのみこと)が天降りされようとするとき、道をふさぐ神があったので、天宇津女命に問わせると猿田彦神で、天孫を先導するために出迎えに来たと言う。問答の末、猿田彦神は天宇津女命より広矛を受け、天降りを先導し、筑紫の日向(ひむか)の高千穂にと天孫を誘う。
大国主命の国譲りに続く物語。猿田彦(佐太の大神)は、これによって、道しるべの神として奉られている。

頼 政(よりまさ)
平安時代の末、幼くして即位された近衛(このえ)天皇のころ、天皇は毎夜丑(うし)の刻になると、もののけに悩まされた。勅命を受けた弓の名人源頼政は一族の猪早太(いのはやた)とともに東三条の森へもののけ退治へ向かう。やがて、夜がふけ月夜を怪しい黒雲が覆った。もののけの気配を感じた頼政が八幡(はちまん)大菩薩と念じ弓を放つ。確かな手ごたえがあり、すかさず早太がとどめをさした。雲が晴れ月明かりに照らされた、そのもののけの姿は、頭は猿、体は牛、手足は虎、尾は蛇の姿をした怪物だった。また、その鳴き声は鵺(ぬえ)に似ていたという。見事怪物を退治した頼政は、天皇より左大臣藤原頼長を介して、剣を授けられる。平家物語、源三位(げんざんみ)頼政の鵺退治伝説を神楽化したものである。

大 蛇(おろち)
自らの悪行により高天原(たかまがはら)を追われた須佐之男命(すさのおのみこと)が、出雲の国斐の川(ひのかわ)にさしかかると、老夫婦に出会う。夫婦には八人の娘がいたが、毎年現れる大蛇に娘をとられ、残る稲田姫(いなだひめ)もやがて大蛇にとられる運命にあるという。命は、老夫婦に毒酒を用意させ、それを飲み酔い臥した大蛇を見事退治する。このとき大蛇の尾から出た剣を天村雲剣(あめのむらくものつるぎ)と名づけ、天照大御神(あまてらすおおみかみ)に献上し自らの悪行を改める。剣は後に日本武尊(やまとたけるのみこと)により草薙剣(くさなぎのつるぎ)と改名、三種の神器の一つとして熱田神宮に祀られる。
島根が舞台の神話で、石見神楽の代名詞とも言うべき神楽。そのスケール感は他に類を見ず、浜田での提灯蛇胴の開発により神楽界に一大革命を起こし、日本を代表する伝統芸能として、世界に招聘される。